ここは大都会。
少し歩けば地下鉄、バス停と交通の便には困らない。
しかし道路を見れば、隙間の無い位に埋め尽くされた車。
家を出て歩くだけで大概の場所へ行く事が出来る私からすれば不思議で仕方が無い。
ところ変わって田舎道。
コンビニに行くのさえ自転車で15分は掛かるのでは無いかと思われる。
大きな店舗となるとこれまた1時間掛けてあるかどうか怪しいものである。
では、電車やバスを使えば良いかと言われればそうもいくまい。
ご生憎さま、2,3時間に1本ありつければ良い方なのである。
何かの間違いで乗り過ごした日には・・・考えたくは無い。
車道を時折通り抜ける車を見ると便利だろう、と思ってしまう。
一見便利な道具であるのだが、ところ変わればその利便性も大きく変わってしまう。
渋滞の波に飲まれ、自由に動けなくあると思えば、一方ではそれが無ければ買い物すらままならない故に、必須アイテムとなってしまうのである。
つくづく不思議な物である。
人間社会の便利さと速さの欲求って、際限がないのかもしれませんね。
機械の技術を駆使してどんどん進められている移動手段。
100年ぐらい前からは全く予想ができなかったであろう乗り物での移動手段が、今のわたし達の生活そのものですね。
自分が乗る‥また運転をしない輸送トラックでも、その荷台に積まれて運ばれて来たたくさんの物資が地元店舗で販売され、わたし達の生活を支えてくれ潤わせてくれるのですね。
また材料を運搬して来て、各地域に必要な建物を建てるのに役立ってくれます。
直接見えなくても、非常に大切な間接的な関わりがわかります。
人間の身体が乗るだけの乗り物ではなく、大切な支えも乗せて来てくれます。
危険な事もあるでしょうね。
以前いた知り合いで大型トラックの運転手がいましたが、いろいろな運送業者の話を知っていて聞かされました。
ろくに寝ないで厳しい労働条件での運転が多かったそうです。
最近は、事故の多発などから見直されて来ているようですが、大きな事故に直結しないように運送に携わってほしいです。